
先日、某おもちゃ屋さんにいってみると、
なんと、電子ブロックが新品で売っているじゃぁないですか!
おじさん、なつかしさのあまり涙が出そうでした。
パッケージの裏の「made in china」の表記は微妙に悲しかったですが、
ま、そんなことはともかく、あの電子ブロックが全く新しい状態で今も買えるなんて奇跡かと思いました。
値段はいくらだったろ、電子ブロックの新品が存在すること事態がかなりの衝撃でしたから、値段をチェックしたはずですが、忘れてしまいました。たしか1万円台だったと思います。
今でも買うには躊躇するような値段(おじさんのお小遣い的には)なのに、
当時だとすんごい価格だったに違いありません。
もちろん電子ブロックは当時我が家にあるわけもなく、
お友達の家に行っては、いろいろブロックを組み合わせ、
ウソ発見器とかラジオとか、ブロックの組み合わせによっていろんな機械に変貌するその、機械的で無機質であるが、なんとなく男の美学的なものを感じさせる、黒い物体をいろいろちょして楽しんでいたのであります。
そのお友達の家には合体カウンタックのプラモデルとか、ウルトラマンのソノシートとか、いいものがたくさんあってうらやましい限りでした。
復刻版電子ブロック、欲しい。買いたい。
でもね、
買っちゃうことは簡単なんですけれど、
いざ買っちゃうと、少年時代の思い出という踏み絵に土足で踏んづけちゃうような感じもしていまいち踏み切れない自分も心の中にいるんですね。
懐かしさのあまり買っちゃって、いざ遊んでみたら、
「あんまし面白くないな」なんて気持ちになりたくないし、
楽しんでも2〜3時間で終了、やっぱし飽きちゃった。なんて気持ちになりたくないですし。
思い出は思い出として美しいまま心の中に取っておいたほうがいいかもしれませんね。
電子ブロックが美しい思い出だというおれは変か?